Irie Laboratory
Kumamoto Univ.
Research:
研究分野
ここでは研究内容について紹介します。
(1) 新規キラル配位子とその有機金属化合物/遷移金属錯体の創製
(1a) キラルなビイソキノリン配位子 (BINIQ)
(1b) キラルな三脚型四座配位子
(2) キラルな有機触媒の創製
(2a) プロペラ型キラリティを有するアミン触媒
(3) 触媒的不斉合成反応の開発
(3a) 脱水素型クロスカップリング反応
(3b) ドミノ環化脱水素反応
(3c) 芳香族ジイン系のドミノ環化異性化反応
(4) 非炭素中心不斉を有するキラル化合物の不斉合成と応用展開
(1) 新規キラル配位子とその有機金属化合物/遷移金属錯体の創製
遷移金属イオンに配位して優れた不斉反応場を創り出す新たなキラル配位子の創製は、革新的な触媒的不斉合成法の開発につながる重要な研究テーマである。我々の研究室では、独創的なキラル配位子の開発を進めている。
(1a) キラルなビイソキノリン配位子 (BINIQ)
ピリジンは、広範囲の遷移金属と錯体を形成する汎用性の高い配位子であり、その遷移金属錯体は有機合成反応の触媒として広く用いられている。このため、キ ラルなピリジン誘導体を支持配位子とする遷移金属錯体の合成と、それらを用いる触媒的不斉反応の開発が注目されている。既に数多くのキラルなピリジン系配 位子が知られているが、それらのほとんどは不斉炭素を有するタイプのものである。これに対して我々は最近、軸不斉を有するキラルなビイソキノリン配位子 (BINIQ)の合成に成功した。BINIQは、バイトアングルが大きな9員環キレートを形成する。このことから、配位子上に置換基を適切に導入すること で、BINIQ-金属錯体は高度な不斉反応場を構築するものと期待される。
ARKIVOC 2015, 4, 161-175.
(1b) キラルな三脚型四座配位子
これまでに、光学活性なサレン金属錯体が各種の不斉合成反応の有用な触媒であることが見出されている。サレン錯体は一般にトランス体が最も安定である一 方、シス-β異性体が特異な触媒活性と不斉誘起能を示すことが明らかにされている。そこで、シス-β錯体と同様に、金属イオンに配位してシス位に2個の空 配座を与える新規三脚型キラル配位子H2Lを設計した。その結果、H2LはTi(OPr-i)4と定量的に反応して単核のチタン錯体[TiL(OPr- i)2]を与えた。さらに、この錯体は、活性は不十分ながらも、過酸化水素を共酸化剤としてスルフィドの不斉酸化を触媒することを見出した。また、 [TiL(OPr-i)2]錯体は溶液中で徐々に加水分解を受け、触媒不活性なトリ-m-オキソ三核錯体[Ti3L3(m-O)3]を与えた。単結晶X線 構造解析により、この三核錯体は金属中心(A)、キレート配座(g)、および (Ti-m-O)3の6員環イス型構造がいずれもキラルであり、H2L上のキラリティによってそれらの立体化学がすべて単一に制御されていることを明らか にした。
J. Organomet. Chem. 2007, 692, 645-653.
(2) キラルな有機触媒の創製
配位子は、配位結合によって中心金属イオンと相互作用する。見方を変えれば、供与性配位子は優れたプロトン受容体(塩基)としても機能する。ゆえに、遷移 金属イオンに配位して優れた不斉空間を創り出すキラル配位子は、水素結合を介して基質や試薬と相互作用することで高度な不斉反応場を構築することも可能で あろう。そのようなコンセプトのもと、我々の研究室で開発されたキラル配位子を有機触媒とする不斉合成反応の開発を推進している。
(2a) プロペラ型キラリティを有するアミン触媒
近年、環境調和性および元素戦略の観点から不斉有機触媒の開発が注目を集めている。上述の三脚型四座配位子H2Lは、同一分子内に塩基性(3級アミン)お よび酸性部位(フェノール性水酸基)を有しており、これらの官能基の協同効果により特異な不斉反応場を構築するものと期待した。実際に、H2Lはプロペラ 型キラリティを有するユニークな不斉空間を構築する。そこで、H2Lを有機触媒とする不斉合成反応の開発を検討したところ、メソ型環状酸無水物の不斉加メ タノール分解(不斉非対称化)において最高81% eeの不斉収率を達成した。
SYnlett, 2007, 1569-1572.
(3) 触媒的不斉合成反応の開発
これまで立体化学制御が困難とされてきた、あるいは検討さえされていない高難易度の触媒的不斉合成反応の開発に挑戦する。
(3a) 脱水素型クロスカップリング反応
軸不斉ビアリール誘導体は、合成化学的に極めて有用な化合物である。その直裁的合成法として、2-ナフトール類の脱水素型不斉カップリング反応の開発が注目されている。しかしながら、異種 2-ナフトール類の脱水素型不斉クロスカップリング反応の開発は依然として極めてチャレンジングな課題である。我々は、キラルなルテニウム錯体触媒を用い て、空気酸化の条件下3,6-ジメトキシ-2-ナフトール (A) と各種3位無置換2-ナフトール類 (B) との高クロス選択的脱水素型不斉ビアリールカップリング反応を達成した。
Synlett, 2007, 1569-1572.
(3b) ドミノ環化脱水素反応
電子豊富な5員環複素環を有する拡張π電子共役系化合物は、その特異な電気化学および光電子物性に興味がもたれる。また、芳香族環が螺旋状に縮環したヘリセン類が螺旋キラリティに起因する大きなキロプティカル特性を示すことから、新規π電子材料の創出に向けて複素環を含むキラルなヘテロヘリセン類の効率的 合成法の開発が強く求められる。我々は最近、o-フェニレン架橋ジイン系のアルキン末端に求核性官能基であるフェノールを有する基質に着目し、それらのオ キシパラジウム化を鍵とする脱水素型環化芳香族化反応の開発に成功した。また、その反応を用いてジベンゾフランを含む(動的に)キラルなヘテロヘリセンの 合成を達成した。
Chem. Lett. 2011, 40, 1343-1345.
Chem. Lett. 2013, 42, 1134-1136.
有機合成化学協会誌, 2014, 72, 53-64.
(3c) 芳香族ジイン系のドミノ環化異性化反応
我々は最近、アルキン末端にフェノール部位を有する芳香族ジイン系基質に炭酸カリウム(K2CO3)やトリエチルアミン(Et3N)などの塩基を作用させると、新形式のドミノ環化異性化反応が進行し、indeno[1,2-c]chromene誘導体が高収率で生成することを見出した。本反応では、まず基 質の[1,5]水素移動が塩基によって促進されてビニリデンオルトキノンメチッド(Vinylidene o-Quinone Methide: 略称VQM)中間体が生成し、その形式 [4+2]環化付加反応を経て環化生成物が得られると考えられる(ドミノ式環化)。さらに、VQMは軸不斉アレン部位を有することから、その生成反応の立 体化学をキラル塩基触媒によって制御することができれば、VQMをキラルな求電子活性種とする前例のない触媒的不斉合成反応の開発が期待される。そのような考えのもと、シンコナアルカロイド類をキラル塩基触媒とする不斉ドミノ環化異性化反応の開発にも成功した。
Tetrahedron Lett. 2013, 54, 7107-7110.
有機合成化学協会誌, 2014, 72, 53-64.